脳内にある情報空間と、実際の物理空間に差はない。そもそも私たちは物理空間をありのままの物理空間として知覚することができない。例えば、公園の花壇に一輪のヒマワリが大きく背を伸ばして大輪の花を咲かせていたとする。ある人はそれを見て、このような誰も管理していない草も生え放題の荒れ果てた公園の花壇で、肥料も与えられず水も与えられずの状況でこれほど見事に成長したヒマワリにどこかしら感動を覚え、さらには自分の人生と照らし合わせて「俺も頑張って生きていこう」なんて励みを感じるかもしれない。
一方で、都内の地下鉄で女子高校生のスカートの中に手を突っ込むという痴漢行為を働いて警察に逮捕され、パトカーまで連行されるときに駅前の花屋さんで一輪のヒマワリが飾られている風景を見た、というような経験をした人がいるとしたら、その公園のヒマワリは自分の苦い過去を思い出させる記憶発動装置であり、そのような不愉快なものはすぐさまへし折ってしまいたいという衝動に駆られるだろう。
このように、ありのままの物理空間は脳内の情報空間に取り入れられた瞬間、極めて恣意的な特質となる。こうした脳の基本的な働きを考慮したら、私たちが毎晩のように興奮しながらシコシコしている18禁動画を上手く利用できないものだろうか。例えば、こんな風に。
街や電車で自分のタイプの美しい女性を見かけたとする。そして彼女は昨晩みた18禁動画の女優だと、無理やりにでも、思い込む。どうせ脳は恣意的に情報を処理するのだから、その目の前の物理空間にいる清楚な女性が、オマンコびちょびちょ、ヨダレだらだらの、ド変態女に変わってしまうのである。
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